カテゴリー : 報告

古文書入力用端末GalaxyNote


image

Androidでの文字入力が楽過ぎて、古文書のテキスト化と解釈作成もPCから移行しつつある。旧字体の入力にしてもマイナーな字だとWindowsではマウスによる手書きになる訳だから、始めから手入力の方が早い。

とはいえ、Android端末なら全てが手書きに適しているのではない。『mazec』を最大限に使うには、ペン入力と巨大な画面が必要になる。だからといってiPadのような大型タブレットだと持ち歩きに不便だし、太い静電式ペンは扱いが面倒だ。

そこで私が使っているのは5.3インチの適切な画面と電磁誘導式ペン入力に対応した『GalaxyNote』だったりする。

写真で一緒に写っているのはLenovoの『ThinkPadX61 Tablet』用の電磁誘導式ペン。ペン先がちゃんとあるので、ボールペンのような書き心地だ。本体に内蔵できる標準ペンもあるが、小さくて使いづらいので収納したまま。

GalaxyNoteは、NTTドコモから発売されるかも。歴史好きはぜひ触ってみてほしい。

刊行日は割と重なる


『戦国北条五代』(黒田基樹著・戎光祥出版)が出版されていたので即座に購入。2005年に新人物往来社から刊行されていた『戦国北条ー族』を大幅に修正したものという。

ちなみに同社から昨年出る予定だった『織田信長の尾張時代』は今年にずれ込んだ模様。

ここのところ通勤時間を業務とブログ記事に当てているので読む本が溜まっている。金子拓著の『記憶と歴史学』は特に精読しようと考えているのだが……『上杉謙信の夢と野望』も未読だし。2~3月に『戦国遺文今川氏編』最終巻が出るまでに、予算編成を含めて落ち着いていることを真剣に祈る。

Posted from WordPress for Android

倩々雑記


年の瀬も押し迫り、また狂躁の時節が到来した。これより如月の中頃まで生業が喧しくなる。記事も史料アップも暫時滞るだろう。だからという訳ではないが、少しくは思いつくままの書付を散らしてみようと考えた。文献の裏付けもなく脈絡も怪しいものだが、日頃浮かんで消えていく着想を綴っていければ何かに繋がるかも知れないという下心もある。

細録を付ける理由として、携帯端末(Android)+漢字手入力(mazec)で歴史記事を作る効用の実験をしてみたいという事がある。現代語に最適化された文字入力では、単漢字変換が主になる。「治部」と書きたい場合、「じ」と「ぶ」で変換するが、それぞれ変換候補が多いので、私は「おさむ」と「ぶい」とー旦入れて「部位」の「位」を消している。これはフルキーボードでも手間なので、1Oキーやフリックでは諦めていた。何より、文学入力のために思考を切り替えてしまうと、戻ってくるのが難儀だった。mazecなら直接「治部大輔」と書くだけでよい。iPhoneのタッチインタフェースには納得がいかなかったが、これならメリットが感じられる。

image

Posted from WordPress for Android

『戦国遺文 今川氏編第2巻』を入手


2月発売の予定が1ヶ月ずれ込んだと月報にあった。ただ、震災で物流が滞っていたようで3月も末日になって本当にようやく入手できた。1547(天文16)~1560(永禄3)年が収録されている。完結編の第3巻は2012年3月刊行予定とのこと。1561(永禄4)年から1570(元亀元)年がメインで、後は補遺かと予想。この後、上杉氏編を刊行してくれたら嬉しい。山内限定、顕定からでもよいので。

現在ざっと目を通したところだが、静岡県史・愛知県史と比較すると以下の点が異なるようだ。

  1. 公家の日記類が収録されていない
  2. 「検討の余地がある」とされている文書が異なる・花押影の違いなどに言及している
  3. 禁制などで何点か新しく採録されたものがありそう

ここまでアップした文書と比較しつつ、いくつかアップ・校訂していこうと思う。

地震史の調査


2011年3月11日に発生した『東日本大震災』の死者数が増え続けている。過去の災害と比較してその要因を探ることができれば、今後の犠牲者は抑えられるかも知れない。そう思い至り、調査カテゴリに加えることにした。

一つ気になっているのが、週刊誌・テレビ・新聞、それにインターネットのニュースサイトで書き立てられているのは「1,000年に一度の予測不能な災害」という文言だ。

1,000年という単位が出てくるのは、869(貞観1元)年の震災を画期としているからだろう。この地震については文献史の範囲を超えており、今後の考古学検証にかかってくる。文献史が使い物になるのは近世以降、頑張って室町後期からだと思う。最も遡れるのは1498(明応7)年の震災ではないか。であれば、1498~2011の513年で文献を列挙してみるのもいいかも知れない。

だが、地震に関しては私の知識がまだまだ足りない。史料の下読みの手前、地震史についての一般知識習得から始める必要がありそうだ。少しずつでも進めていこう。

震災に知る都人の驕慢


3月11日、東北を激震が襲った。その後凄まじい津波が東北太平洋岸を襲い、犠牲者は万を優に超えるという(3月15日現在)。同時に福島第一原子力発電所のメルトダウン、火力発電の修復もままならず、東京でも節電が叫ばれるようになった。

その一方で、現職都知事の「地震は天罰」発言に衝撃を受けた。『天罰』とはまた、破廉恥な言い様である。人間として他人の存在をここまで切り捨てられるのだろうか。巻き込まれた被災者が『天罰を与えられてしかるべき人間』だったと主張するなら、その根拠を示すべきだろう。判っているだけで1万数千人分、各個に記述しなければならない。示せないのに発言したのなら、公職を今すぐ退くべきだと思う。発言撤回・謝罪で済む話ではない。

都民も同じエゴイズムを発揮していると感じられた。被災者がパンで食べつないでいる状況は報道されている。ところが、都内で買い占められたのはパンとカップ麺、乾電池である。また、ガソリンが不足していることは判っているだろうに「電車が混んでいるから」と自動車・バイクに乗り、給油制限があると文句を言う。眼前の物資がそのまま東北へ行く訳ではないが、買い占めで物価を吊り上げて何のメリットがあるのだろうか。被災者が困っているテレビ映像を見ながら、パンをほおばり、3時間程度の計画停電のために乾電池を蓄積し、自動車通勤することで優越感を味わいたいとでも言うのか。被災者は、火を使った調理ができないためにパンを食べているのだ。本来なら暖かい食事がとりたい筈だ。そして無期限の停電の中、乾電池も不足している。ガソリンだって発電機には必須なのだ。

私は震災時都心におり、帰宅困難者となった。賃貸住宅ではあるものの、自宅に帰るまでは不安でいっぱいだった。トン単位で溜め込んだ書棚が崩れていると想定し、暗澹たる気持ちになったものだ。ところが、翌朝帰宅したら書棚は無事だった。余震の連続で緊張しっぱなしだった反動もあり、座り込んでしまった。たかが書棚で、これである。家を失い、家族・同僚を亡くした被災者の気持ちは、量る由もない。懸命に生きる被災者、各国から来た救助隊、自衛隊・消防などの公職者、皆々の健闘を最大限応援したい。

米・餅・乾電池・ガスコンロなどを買い貯めた東京都民は、東北被災者に愧じぬ行動をとるべきだ。当然、物資は個別に寄付するものと思う。でなければ、何の故をもって首都市民を名乗れるのか理解不能である。被災者に比べるならば、我々に何の不便があるというのか。

歴史研究・ディケンズとは関係がないが、特に一筆記す。

Tポイントを使った緊急募金

ヤフーポイントを使った緊急募金

上記は普段眠っているであろうポイントを利用した義捐金の募集となる。

3 / 41234