カテゴリー : 2010年 9月

『漂流巌流島』

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創元推理文庫の『漂流巌流島』(高井忍著)を読んだ。主人公が脚本家の4話もので、それぞれ、巌流島の決闘・赤穂浪士の討ち入り・池田屋事件・鍵屋の辻の仇討ちがモチーフとなっている。

ひょんなことから素人歴史研究家が矛盾に気づき、様々な視点から解明を試みる、というのはジョセフィン・ティーの『時の娘』と同じ構成(当サイトのスローガンである「TRUTH IS THE DAUGHTER OF TIME」もこの作品から援用している)。

4作の中では、赤穂浪士討ち入りが最も興味深かった。浅野長矩の傷害事件だけを取り上げるのではなく、他の江戸城内の刃傷沙汰(細川宗孝が傷害致死となった件)と並べて検証している点は奥が深い。喧嘩両成敗の語義が、非武士と武士の間で異なっていたことに言及しているのもポイントが高かった。

巌流島と鍵屋の辻は、推理物としてはなかなかだが歴史上の整合性を考えると、作者が提示した結末は必然性に欠ける気がする。一番残念だったのが、池田屋事件の推理。作者の新撰組への思い入れは感じるものの、蓋然性にすら乏しい筋立てで、謀略に寄り過ぎではないか。謀略でもいいのだが、冒頭で提示された吉田稔麿の一件を深追いすべきじゃないかと……。

とはいえ歴史部分の叙述も平明でテンポがよく、佳作であることに違いはない(歴史物というよりは推理物として読んだほうがいい)。

小机城訪問 竹林による城跡整備

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JR横浜線の小机駅から、歩いて10分。横浜線と第3京浜が交差するという現代でも要衝の地に小机の城跡がある。途中の住宅街が若干入り組んでいるものの、城はずっと見えているので迷うことはないだろう。

小机駅ホームより城跡を望む

小机駅ホームより城跡を望む

私が初めて小机を訪問したのは15年近く前だったが、その際は城下の根小屋集落は古い民家が多く、小机城に関係のある人々がまだ住んでいる雰囲気があった。現在では城のすぐそばまで新興住宅地が押し寄せている状態で、往時の面影はない。

根小屋と称される集落より登る

根小屋と称される集落より登る

城の縄張りは、第3京浜・横浜線による破壊された部分が多く未解明だという。それでも、東西の主郭は残されており、中心部は明確に遺されている。

かなり年季の入った想定図看板

かなり年季の入った想定図看板

城跡内はほぼ全域を竹林が覆っており、藪をかき分けるような場所はない。下草も刈られて起伏をしっかり見られる。竹薮になってしまうと竹の根が遺構を破壊することもあるようだが、現状は問題ないように見受けられた。

東西郭を区切る堀底は遊歩道になっている

東西郭を区切る堀底は遊歩道になっている

また初見の頃の話に戻るが、当時は丸太の展望台のような井楼が模擬で東郭に建っていた。とはいえ、登ったとしても木々に遮られて余り眺めが良くなかった印象がある。鶴見川が一望できるかもと期待していたので少々落胆した記憶がある。その展望台も撤去されている。

西郭矢倉台は、以前丸太組みの井楼が建てられていた

西郭矢倉台は、以前丸太組みの井楼が建てられていた

最後に、小机城の最大のセールスポイント、比高二重土塁をご紹介しよう。これは縦深で土塁を2重化したもので、後北条系の城跡に多く見られるという。

城の中心部を高い土塁で囲い、その向こうに低い土塁を配置する。そして、土塁と土塁の間を空堀とするものだ。攻撃側が手前の低い土塁を越えると、空堀がある。防御側はその向こう高い土塁から狙い撃ちという仕掛けだ。

東郭南の空堀とその対岸は比高二重土塁になっている

東郭南の空堀とその対岸は比高二重土塁になっている

比高二重土塁の外縁から空堀を覗く

比高二重土塁の外縁から空堀を覗く

茅ヶ崎城では西に向かって僅かに見られた比高二重土塁が、小机でははっきりと遺されている。河川と集落と位置関係、郭と矢倉台の配置などで茅ヶ崎城・小机城はよく似た構造を持っている。