カテゴリー : 2012年 2月

古文書入力用端末GalaxyNote


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Androidでの文字入力が楽過ぎて、古文書のテキスト化と解釈作成もPCから移行しつつある。旧字体の入力にしてもマイナーな字だとWindowsではマウスによる手書きになる訳だから、始めから手入力の方が早い。

とはいえ、Android端末なら全てが手書きに適しているのではない。『mazec』を最大限に使うには、ペン入力と巨大な画面が必要になる。だからといってiPadのような大型タブレットだと持ち歩きに不便だし、太い静電式ペンは扱いが面倒だ。

そこで私が使っているのは5.3インチの適切な画面と電磁誘導式ペン入力に対応した『GalaxyNote』だったりする。

写真で一緒に写っているのはLenovoの『ThinkPadX61 Tablet』用の電磁誘導式ペン。ペン先がちゃんとあるので、ボールペンのような書き心地だ。本体に内蔵できる標準ペンもあるが、小さくて使いづらいので収納したまま。

GalaxyNoteは、NTTドコモから発売されるかも。歴史好きはぜひ触ってみてほしい。

Happy Birthday,Mr.Dickens!


文豪チャールズ・ディケンズは1812年2月7日にイギリスの軍港ポーツマスで誕生した。今日はその200回目の記念日なので、少し語ってみる。

彼は分冊形式で安く販売される連載小説の名手だった。英国史上初の大衆作家であり、勃興する中流階級の旗頭でもあった。その一方でブルジョワジーの効率主義に基づいた貧困層切り捨てにも強く反対し、救貧院の非人道措置に異を唱え世論を動かした。返す筆で上流階級の偽善と退廃振りを切って捨ててもいる。筆を執れば無敵の人であった。

その半面、演劇が大好きだが俳優にはなれず、雑誌を立ち上げたけど何度も失敗している。後に妻と別居し愛人を作ったり、不肖の息子に悩まされたり、金の為に朗読会もやった。その一環で渡米した折はアメリカを扱き下ろしてもいる。喧嘩早くもあり、生涯の友はジョン・フォスターぐらい。それすら危うい時期もあったという。個人として見るなら駄目人間に近いかも知れない。

海外でのディケンズ評というと、古臭い人物描写とご都合主義、そして薄汚れた貧者を登場させてのお涙頂戴が定番だ。だがそれは初期作品に目立つ要素で、後期作品群では近代小説顔負けの複雑な構造になっている。

特に、『リトル・ドリット』と『荒涼館』は長大な物語の中に幾重にも伏線や象徴、皮肉が織り込まれドストエフスキ一の『カラマーゾフの兄弟』に匹敵する破壊力がある。『リトル・ドリット』では富と貧困の相対的な反転が繰り返され、終末に至ってもハッピーエンドはない。それでも登場人物たちは魅力を失わず、矛盾した立体的な性格にリアリティを持たせている。「巷によくいる人物」のカリカチュアではなく、生身の複雑な人格を精緻に描いているのである。悪人が意外に小さな悩みにうじうじしたり、時に優しさを発揮しながらも身勝手な施しをしたりと、100年以上昔の小説のキャラクタとは思えぬ程の現代人振りを見せる。

日本で紹介されているのは『クリスマス・キャロル』ばかりなのが常々悲しいのだが、彼の本領を試みに読むのであれば、岩波文庫の『ディケンズ短篇集』をお薦めしたい。ディケンズ翻訳で定評のある小池滋氏の訳もあるし、内容もそれなりに濃い。図書館などで手軽に入手可能だと思うので、機会があればぜひご一読を。